2005年08月05日

6.26集会報告:イスラエルの「ガザ回廊からの一方的撤退」は《勝利》か?

 イスラエルの「ガザ回廊からの一方的撤退」は《勝利》か?
岡田剛士(派兵チェック編集委員会)

 去る5月中旬、日本政府の招きでパレスチナ自治政府のアッバース大統領が来
日した。もちろん対中東政策では「中立・公平」を旨とする日本政府・外務省は
イスラエル首相シャロンに対しても来日を要請していて、続いてシャロンが同様
に来日する……はずだった。
 ここで当然にも、イスラエル国家は中東地域において軍事的・経済的に圧倒的
な強者であり、パレスチナ自治政府は言うなればその対極にあるがゆえに、「両
方を招待するから日本政府は『中立・公平』だ」なんて一体誰が納得するもの
か! というツッコミは、もちろん入れておきたいのだが、ところがシャロンの
来日は、8月中旬に開始される予定の「ガザ回廊からの撤退」前で忙しいとの理
由で、あっさりと秋まで延期されてしまった。
 多分(首相小泉はさて置いても)外務省は実はかなりアセっているのではない
かと思うが、そうした小役人どもの心配とは相当に異なる脈絡で、小規模ながら
アオリをくらってしまったのが、「シャロン来日は6月末から7月頭らしい」と
の情報を得て急きょ立ち上げられた「イスラエル首相シャロンを許すな! 来日
反対キャンペーン」(以下、「来日反対キャンペーン」)だった。6月26日に集
会とデモをやろうと決めた直後に、「延期」報道が流れたのだった。
 それで「来日反対キャンペーン」では、6月26日の集会を学習会的なもの
(シャロンのすすめる「ガザ撤退」案とは何か? ──パレスチナの「監獄化」

許すな!)として再設定して、東京都内の新宿区立元気館で行った。講師は、ガ
ザ回廊と「分離壁」にこだわって取材活動を続けるフリー・ジャーナリストの小
田切拓さん。
 彼自身の取材活動の中で撮影されたビデオ映像を交えてのお話は興味深いもの
だったが、特に小田切さんから提供していただいて当日の資料に入れた、イスラ
エル政府の「(ガザ回廊からの)撤退計画」の文書(英文)には驚いた。そこに
は、ガザ回廊にある入植地は撤去するが、周辺の全体の管理権はイスラエルが持
ち続けること、西岸での「分離壁」の建設を継続すること、さらには西岸の一部
はイスラエルとなること……などが明示されている。マスメディアが「一方的撤
退」と報じる、その中味は、しかしガザ回廊全体の「監獄」化であり、同時に事
実上の西岸地区併合、なのだ。
 以下、この「撤退計画の概要」〔注1〕から一部を抜粋する。
   *****
 もしも仮に、「最終的な地位」に関して今後何らかの取り決めがなされるとし
ても、ガザ回廊にはイスラエル人たちの都市や村落は存在しないこととする。そ
の一方で、西岸地区にイスラエル国家の一部となるであろう諸地域が存在するこ
とは明白だ。それらは、イスラエル人の大きな人口集中地域、都市、街、村落、
安全保障のために必要な地域、その他イスラエルにとって特段の権益のある地
域、である。

 安全保障のためのフェンス:イスラエルは、これに関連する政府の決定に従っ
て、安全保障のためのフェンスの建設を継続することとする。そのフェンスの建
設ルートには、人道的な配慮が払われることとする。

 イスラエルは、ガザ回廊の土地の外周部を防衛し、監視することとする。また
イスラエルは、ガザの空域における排他的な権限を維持し続けることとし、沿岸
海域での治安維持活動を行い続けることとする。
 ガザ回廊は非軍事化される。当然、武器は一切存在してはならない。武器が存
在することは、パレスチナーイスラエル間の諸合意に合致しない。
 イスラエルは、ガザ回廊の内部から生じてくる脅威に対して、予防的にも、対
抗的にも、自衛のための固有の権利を保持する。

 当初イスラエルは、ガザ回廊とエジプトの間の境界線(フィラデルフィア・
ルート)沿いに軍の駐留を維持し続けることとする。この駐留は、安全保障のた
めの必須の要件である。いくつかの地点では、安全保障上の理由ゆえに、軍の活
動が行われている区域を一定程度拡張することが必要となり得る。
   *****
 以上の抜粋部分も含めて、この「撤退計画の概要」は、言わば「地雷原」のよ
うな文章だ。つまり、イスラエルによる占領と支配の維持強化のための「仕掛
け」が、あちこちに埋め込まれている。
 さらなる一例として、この「概要」の中の「10.経済協定について」という部
分を見てみたい。この項目は、以下のように書かれている。
   *****
 一般論としては、イスラエル〔国家〕とパレスチナ人たちとの間で現在効力を
有する経済面での諸協定は、当面は持続されることとする。これらの協定には、
とりわけ以下が含まれている。
*現行基準に従って、〔パレスチナ人〕労働者たちがイスラエルに入国すること
*ガザ回廊、西岸、イスラエルおよび海外との間での物資の出入り
*通貨体制
*課税と関税の範囲についての協定
*郵便と遠隔通信についての協定
 長期的には、また、さらなるパレスチナ人たちの経済的な自立というものを助
長することがイスラエルの利益になるがゆえに、イスラエルは、入国するパレス
チナ人労働者の数の削減を求めるものである。イスラエルは、ガザ回廊、および
西岸のパレスチナ人地域における雇用機会の開発を支援する。
   *****
 まず冒頭で分かるのは、(あえて〔国家〕と補って訳したが)あくまでも国家
としてのイスラエルの側では、現在のパレスチナ自治政府を政治的に対等な相手
(=パートナー)とは認識していなくて、そこに存在しているのは「パレスチナ
人」という名前の人々だ、という認識なのである。
 さらに、その「経済面での諸協定は、当面は持続され」、「現行基準に従っ
て」パレスチナ人労働者はイスラエルで働ける、という。何と寛大な! 「テ
ロ」を理由にパレスチナ人労働者のイスラエル内での就労には厳しい制限を設け
られており、仕事があっても劣悪な環境での労働が強いられている。許可なく、
しかもそれゆえにいっそう過酷な状況で働かざるをえないパレスチナ人労働者た
ちも多数存在している。この「概要」の裏には、こうしたイスラエルによる占
領・支配の現実があるのだ。
 もちろん、人の出入りだけでなく、物資の出入りも、イスラエルが一方的に権
限を握る状況が「持続される」ことになる。また、イスラエル内での労働には課
税がなされ、またおそらくイスラエル労働総同盟(ヒスタドルート)への組合費
(!)すら天引きされる。
 最も重大なのは、「長期的に」以降の部分だ。「パレスチナ人たちの経済的な
自立」の助長などという言葉を並べているが、しかし要するにイスラエルの国益
に沿った方針であることが示されている。そして、そのイスラエルの国益のため
に、イスラエルで働くパレスチナ人労働者の数を今後は、さらに削減する、とい
うのだ。
 それこそ6月26日の集会で小田切さんが述べていた、「分離壁」とともに建設
されている工業団地が、こうした「雇用機会の開発」につながっているのではな
いか、と考える。西岸地区の内側に食い込んだ形での「壁」建設によって、あた
かもイスラエル側に一体化されてしまうような形となる西岸地区に位置する工業
団地が、しかし「西岸のパレスチナ人地域における雇用機会の開発」だ、という
わけだ。
 この「撤退計画の概要」自体はイスラエル政府によって公表されている文書
だ。なのに日本のマスメディアでは、なぜ単に「イスラエルの『一方的撤退』」
としか報じられないのか、現地の特派員たちはこんな基本的な(かつ具体的、か
つ驚くべき内容の)文書すら読んでいないのか、あるいは読んでも理解できない
のか……と、集会〜その後の飲み屋でも議論は続いた。
 集会参加者は26名と少なかったが、現実がどうなっているのか良く分かったと
いう声が多かった。
 「来日反対キャンペーン」では、秋までの時間のなかで創意工夫も凝らしなが
ら、多少なりとも継続的な取り組みをしてゆきたいと考えている。ぜひ注目して
ほしい。

 もう一点、6月下旬にアッバースが、ハマース(イスラーム抵抗運動)などに
自治政府への入閣を要請したが、しかしハマースは7月4日、これを拒否した、
との件についても触れておきたい。
 例えば7月5日付の共同通信は、「ハマスとしては、延期されたパレスチナ評
議会(議会)選で多数の議席を確保し、政治勢力を拡大した後に内閣の要職を占
めたいとの思惑があるとみられる」……「(アッバースは)パレスチナ最大の武

勢力とされる同組織を政治体制に取り込むことで治安の安定化を図り、ガザ地区
撤退を円滑に進めて和平交渉進展に結びつけたい意向だった」と報じた。
 多分、この共同通信にあるような大枠の政治的な力関係が、今のパレスチナに
はあるのだろう。ならば、「ハマースは、単なる『テロ組織』ではなくて、『し
たたかな政治力』を備えた政治党派だ」という捉え方も、あるかもしれない。
 だが僕は、「冗談じゃない」と思う。メチャメチャな占領・抑圧政策でパレス
チナ人たちを絶望の淵に追いやってきたのはイスラエルだ。そのイスラエルの軍
事占領は、どのようにも正当化できるはずもないし、パレスチナ人たちに抵抗の
権利があるのは当然だ。しかし、そうした状況の中で徹底的に痛めつけられてき
た人々に実際に爆弾を渡して、「その背中を押した」のはハマースなどの政治党
派の指導部ではないのか、ということだ。人を死に追いやることを闘争の一つの
手段とするような「政治」と、そして「党派組織」を、僕はどうにも容認できな
い。
 さらに今後、ハマースなどが、上で言及したごとき内容の計画に従って行われ
るイスラエルのガザ回廊からの「撤退」を、「自らの闘争の勝利」として宣伝す
ることすら、あり得るかもしれない。もしもそうであるならば、やはり僕は「冗
談じゃない」と、改めて思うだろう。
 彼我の距離と立場の違いの大きさを感じながら、僕は僕なりに自らの立場を捉
え返す努力を続けるしかない〔注2〕。

*注1:2005年1月25日付のもので出典は
http://electronicintifada.net/bytopic/historicaldocuments/342.shtml
翻訳は引用者。
*注2:この文章は、「新しい反安保行動をつくる実行委員会(第9期)」の
ニューズ・レター(2005年7月15日/第4号)に掲載の拙文に大幅に加筆したも
のです。
posted by イスラエル首相シャロンを許すな!来日反対キャンペーン実行委員会 at 00:00| レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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