2005年06月20日

「イスラエル首相シャロンを許すな!来日反対キャンペーン」への参加・賛同を呼びかけます。

イスラエルの首相であるアリエル・シャロンが、6月末から7月の初めぐらいに日本にやってくるという(2005年5月21日『日本経済新聞』による)。日本の首相である小泉純一郎のかねてからの要請に応えたもので、来日する彼との協議によって日本・イスラエル・パレスチナの三者会談を実現し、日本は中東和平に貢献するという触れ込みだ。靖国神社への参拝にこだわり続けることでアジア地域での信用もままらない小泉の政権にとて、中東和平への貢献は国連安保理常任理事国入りの実現にむけた格好のアドバルーンだろう。一方で、イスラエルも常任理事国入りにむけ、名乗りをあげたという。

 グローバルに進められる「対テロ戦争」に、ともにズッポリと関わり続ける日本とイスラエルの首脳会談を許してはいけない。

 パレスチナ暫定自治政府のアラファート大統領が亡くなって以降、「中東和平の機運高まる」と言われ続けているわけだが、その中心の話題がイスラエル軍のガザ地域からの撤退である。入植者らの反対を押し切り英断を下し続けるシャロン、一方でテロ対策をサボり続けるアッバースノノ果たしてそうか? 
ガザ地域内のユダヤ人入植地が撤去されたあとも、地域の外縁はすべてイスラ
エル軍の監視下に置かれるため、地域に必要な物資や外部との人の行き来はすべてコントロールされ続けることになる。また、ヨルダン川西岸地域では、申し訳ばかりの入植地撤去(入植者比で西岸全体の0.2%)が行なわれるのみで、エルサレムに隣接した地域などで新たな入植地が計画されている。そもそもパレスチナ人の生活空間を寸断する「アパルトヘイト・ウォール(分離壁)」の建設は止められる気配がない。収監されていたごく一部のパレスチナ人の釈放も伝えられるが、パレスチナの全体を「監獄化」してしまうようなこれら政策の前に、申し訳程度に捧げられているようなものだ。和平の合唱の前に、パレスチナ人の生への希望が、また狭められようとしている。

 ここでシャロンという人間が首相就任以前に何を行ってきたのかを振り返るならば、彼の語る和平の底が透けて見えるだろう。この間で言えば2000年に、彼が武装警官を引き連れてエルサレムのハラム・アッ=シャリーフに挑発的に「訪問」し、これへの抗議の声を武力で圧殺したことがあ
げられるだろう。アル=アクサーのインティファーダと呼ばれる反イスラエル闘争は、この挑発と圧殺に対する抵抗として開始されたことを覚えておきたい。そしてこれに対してシャロンは、ブッシュの唱えた「対テロ戦争」を最大限に応用して、パレスチナに対する破壊・殺戮を推し進めてきたのだ。そもそもシャロンは、1982年のレバノン侵攻作戦当時、国防大臣として作戦の指揮に
当たり、サブラー・シャーティーラ難民キャンプでのパレスチナ人大虐殺を
引き起こした。この戦争犯罪が訴追されることなく、彼が「中東和平」の一方
の立役者となることなど、およそ不可能な話ではないか。

 パレスチナの人々の希望と生命を圧殺し続けてきたアリエル・シャロンを許さず、来日に反対しよう!

 私たちは「パレスチナの地」に住むすべての人々の、平和に暮らし、生きる権利を求める闘いに応えたい──それは「自殺」「自爆」攻撃への道を歩む人々を、彼らを送り出す指導部と同じ身振りで称揚するようなものであってはならない。自立のためにオリーブを摘み続ける人々、分離壁の
建設に素手で立ちはだかるパレスチナやイスラエルそして世界中から駆けつける人々、占領地でのパレスチナ人抑圧に疑問を抱き兵役を拒否するユダヤ人の若者ノノ「パレスチナの地」で共に生き続けようとする人々の闘いに、具体的に応える道を探っていこう。

 アリエル・シャロンがパレスチナの人々を踏みつけてきたその足で、この地を踏もうとしている。まずは彼を許さない声を共につくっていこう。


<趣旨>
 ・パレスチナの人々の希望と生命を圧殺し続けてきたアリエル・シャロンを許さず、来日に反対する。
 ・グローバルに進められる「対テロ戦争」に深く関わり続ける、日本とイスラエルの首脳会談を許さない。
 ・「パレスチナの地」に住むすべての人々の、平和に暮らし、生きる権利を求める闘いに応えるような取り組みをめざす。
 ・自殺・自爆攻撃への道を歩む人々を、彼らを送り出す指導部と同じ身振りで称揚するような立場には立たない。


2005年6月11日
イスラエル首相シャロンを許すな!来日反対キャンペーン

posted by イスラエル首相シャロンを許すな!来日反対キャンペーン実行委員会 at 11:46| 呼びかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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